第16回JTF翻訳祭レポート

会場は八丁堀のマツダホール。東京駅からは歩くと結構あるね。

講演1「翻訳は推理ゲームである」小川高義

ジュンパ・ラヒリの『停電の夜に』『その名にちなんで』やアーサー・ゴールデンの『さゆり』の翻訳者としても名高い小川氏の講演。以下、小川氏の話を箇条書きで再現してみる。

・「翻訳は推理ゲームである」というタイトルは、ちょうどエドガー・アラン・ポーの翻訳をしていたので付けた。
・「翻訳はカップラーメンである」も捨てがたい。翻訳というお湯をかけて読めるようにするのだ。
・原文という現場を検証し、そこから再現映像を思い浮かべる。その映像をまた日本語で再現する。
・翻訳をする際には「作品世界」を作れたかどうかが大事。
・「訳す」という言葉すら否定したい。「訳文」や「訳本」と呼ばれるのも嫌だ。訳すのではなく、オリジナルを日本語バージョンに書き直しているつもりなのだ。

質疑応答では、「原文にない情報を付け加えたり、原文にある情報をわざと抜かしたりするのはどの程度まで許されるのか?」という質問が出た。小川氏答えて曰く「原文に誠実に対しているのであれば、多少は足したり引いたりしても構わないと考える。そうすることによって、より良くなると翻訳者が考えるのであればOK」
(ちなみに私はここで、ただ原文に忠実なだけで読みにくい訳文は、「手術は成功しましたが患者は死にました」というのと同じことだ、という村上春樹の言葉を思い出していた。)

小川氏は非常に柔和な語り口で、ユーモアのセンスも備えていた。ちょうどこの日が訳書の発売日ということで『黒猫・モルグ街の殺人』の宣伝もしていた。面白かった講演のお礼も込めて買ってみようかな。久しぶりにポーを読み返すのも悪くないしね。

黒猫/モルグ街の殺人
黒猫/モルグ街の殺人ポー 小川 高義

光文社 2006-10-12
売り上げランキング : 1282


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

パネルディスカッション「翻訳者のアタマの中」〜翻訳しているとき、何を考えているのか・考えるべきなのか〜

<パネリスト>
アンゼたかし氏(映像翻訳者)
小川高義氏(文芸翻訳家・横浜市立大学国際総合科学部準教授)
倉橋純子氏(有限会社知財工芸 代表取締役
山田和子氏(実務翻訳者・文芸翻訳家)
<司会>井口耕二氏(実務・技術翻訳者 社団法人日本翻訳連盟常務理事)

小川氏は講演に引き続いての登板である。面白かったのは倉橋さんで、小川氏とは対照的な毒っ気たっぷりな喋り口である。翻訳しながら何を考えていますか?という質問には、「つらい」ということしか頭にないと答えていた。また、大学時代にパチンコにハマったことが、パチンコメーカーの特許翻訳の際に役に立ったなんて逸話も披露してくれた。
以下、個人的に印象に残ったところを再現してみる。

司会:分からないものをどうやって翻訳するのか?
小川氏:私は人殺しではないんです。だから人殺しの気持ちは分からないんです。分かりたくもないけど。

司会:初心者の翻訳では、原文とセットで読むと意味が分かるのだが、訳文だけで読むととたんに意味が分からなくなるときがある。こういう場合はどうしたらいいですか?
山田さん:私は翻訳したものを音読することにしている。音読していて、引っかかるところは誤訳している可能性がある。
小川氏:私もそれには大賛成。自分もぶつぶつ喋りながら翻訳しているので、家族には絶対に翻訳しているところは見ないようにと言ってある。まるで「鶴の恩返し」。

司会:翻訳していて良かったなあと思える点は?
アンゼ氏:字幕翻訳は基本的に一人での作業だが、吹き替えの場合は声優さんや演出家など大勢の人が関わっている。その大勢の人たちと協力して一本の作品を作り上げた時の喜びは何物にも代え難い。
小川氏:例えば、私の死んだ後に孫が図書館なり古本屋なりで私の訳書を手にとって「あれっ、これっておじいちゃんが翻訳したんだ。すごいなおじいちゃん」なんて思ってくれれたら最高。
倉橋さん:翻訳を納めたクライアントから引き続き次の仕事が来た時。ああ認められたんだなと嬉しくなる。
司会の井口氏:翻訳を頼まれた時に「いま手一杯で受けられないんですよ〜」という答えに「じゃあ、いつまでならできますか?」と返された時。それだけ信頼されているんだなと嬉しくなる。

質疑応答では「翻訳一本で食べていけますか?」という質問が出た。小川氏は「文芸で食べていくのは大変ですよ。私がいまだに大学教授をしているということがすべてを物語っているでしょう」と答えていた。

講演2「進化するグローバルローカリゼーションプロバイダと翻訳者への期待」マーク・アタウェイ(Mark Attaway)氏

マーク・アタウェイ氏は、ライオンブリッジ・ジャパン株式会社の代表取締役であり、日本翻訳連盟の理事でもある。プロジェクターでPowerPointファイルを投影しての講演となった。
ライオンブリッジを例にとって、グローバルローカリゼーションプロバイダの説明をしてくれたのだが、とにかく規模がでかい。ライオンブリッジは全世界に社員4,000人だもんなあ。これからは翻訳会社も規模において二極化していくだろうと言っていたが、私の会社は明らかにライオンブリッジとは反対側の極だなあ。
翻訳支援ソフトをすべてサーバ内に置いて、翻訳者はそこへアクセスしながら翻訳するようにするなんてことも言っていた。要するに自分のマシンにはアプリケーションをインストールしないのだ。翻訳メモリもサーバに置いてみんなで共有するようにする。今グーグルがやっているようなことだな。「Web2.0」ならぬ「Localization2.0」なんて言ってたけど。マーク・アタウェイ氏の話にはちょっと圧倒された。

13時開始で終了が17時半。18時からは交流パーティーもあったのだが、私は子どもを保育園に迎えに行かないといけないので、17時半でサクッと帰った。