現代能楽集III「鵺/NUE」(作・演出 宮沢章夫) シアタートラム

能のもつ知恵と洗練を現代演劇に還元するために、野村萬斎が監修してスタートしたシリーズ企画、現代能楽集の第3弾。今回は能の名曲「鵺(ぬえ)」をモチーフに、舞台のみならず、エッセイや小説の分野でも活躍する宮沢章夫が新作を書き下ろします。ヨーロッパのとある空港の待合室で足止めを食った日本の演劇人たちと、ひとり煙草をくゆらす「男」との出会いからはじまる物語...。能「鵺」は宮沢章夫の手によって「鵺/NUE」として、現代によみがえります。

座席はC列の1番ということで、前から3列目かと思っていたらC列が一番前だった。要するに最前列の左端だ。舞台はヨーロッパのとある空港のトランジットルーム。簡素だけど洗練された舞台装置だ。今回初めて「指定席解除」なるものを体験した。開演時刻になると係員が前にやってきて、「今から指定席解除を行います」と宣言する。そして空いている席を内側に詰めていくのだ。開演後に来た人は係員の指示に従って、端の空いている席に案内されることになる。確かに後から来ておいて、真ん中の方の席に座られると、芝居に集中できなくて迷惑だからね。ちなみに、最前列は空席がなかったので動かなかった。
出演者は、上杉祥三(演出家)/若松武史(黒ずくめの男)/中川安奈(桐山雅子)/下総源太朗(俳優)/半田健人(若い俳優)/上村聡(映像作家)/鈴木将一朗(マネージャー)/田中夢(女優)となっている。下総、鈴木、田中は『モーターサイクル・ドン・キホーテ』にも出ていた。主役級の3人の芝居を観るのは初めて。上杉さんは声が聞き取りやすい。小さい声で話していてもよく分かる。中川さんは顔が小さいねえ。背が高くてスタイルがいい。「女優」って感じだな。若松さんは存在感があって、眼力がすごい。舞台上には椅子が並べられているのだが、この椅子が舞台正面には正対しておらず、少し斜めに配置されている。そのため左側に座っている私の方に正対することになる。出ずっぱりに近い若松さんとはしばしば目が合うことになった。なんか駄目なんだよな、目をそらしちゃうんだよな。あの迫力はすごいよ。
「トランジットルーム」はいつか小説か芝居で使いたいと思っていたと宮沢章夫は書いていたが、「鵺」をモチーフにした芝居にはうってつけだろう。『モーターサイクル・ドン・キホーテ』の時の「横浜市鶴見区のとあるバイク屋」といい、今回の「トランジットルーム」といい、宮沢章夫の舞台設定は冴えている。また今回の芝居には「過去の劇言語をいまに召喚しようという思い」も込められている。そこで清水邦夫の劇が劇中劇として挿入されている。舞台後方のスペースで行われていた劇中劇が後半になると段々前に出てきて、今行われている芝居と劇中劇の境目がなくなってくる。この辺がこの芝居のハイライトなのだが、いかんせん清水邦夫の劇を観たことがないし、戯曲を読んだこともないのでちょっと分かりにくかった、というかのめり込めなかった。同じ劇中劇でも『モーターサイクル・ドン・キホーテ』の時の「カルデーニオ」の方が分かりやすかった。
私にとってはやや難解な芝居であったが(もちろん、随所に宮沢章夫らしいユーモアは配されていたけどね)、最前列で生の芝居を観るというのはやはり感動する。来年の9月には遊園地再生事業団の新作公演『ニュータウン入口』(仮題)も予定されている。こちらも楽しみだ。