モーターサイクル・ドン・キホーテ(作・演出 宮沢章夫)★★★★☆ 横浜赤レンガ倉庫1号館3Fホール

席がどの辺になるのか全くわからなかったのだが、中段やや左寄りというまずまずの席だった。一番左手にテレビカメラも入っていた。なんでも地上波で放映の予定があるらしい。舞台の中央にはバイクが一台向こうを向いて置いてあり、その先にはシャッターがある。バイク屋の店先が舞台だから他にも何台かバイクがおいてある。始まりはこうだ。

それは深夜だ。近くの家から六〇年代のロックミュージックが聞こえる。暗がりのなかに人の姿がうっすら見える。竹内忠雄だ。作業場のシャッターを開けると外に向かって叫ぶ。「おい、何度言えば、わかるんだ。何時だと思ってんだ。こっちは昼間、働いてるんだぞ! 音を消せ! 消しやがれ!」と忠雄は声をはりあげた。その声が聞こえたのだろうか。音楽がぴたっと消えた。静寂のなか、空が明るくなってくる。いつのまにか朝だ。

このシャッターの奥が広い。バイク屋で働く坂崎仁(下総源太朗)は奥からバイクに乗って舞台上に登場するのだ。なかなか斬新な登場シーンだった。登場人物は他に、竹内忠雄(小田豊)の年の離れた妻真知子(高橋礼恵)、忠雄と先妻との間の娘由佳(田中夢)、原付の修理を頼みにちょくちょくやってくるプータローの松浦秀夫(鈴木将一朗)、そして真知子の過去の鍵を握る神山四郎(岩崎正寛)。
話が進むにつれて「宮沢章夫は天才か?」と思い始めたね。彼のブログ(富士日記2)から引用する。

もちろん、このプロジェクトはそのベースに、『ドン・キホーテ』の一挿話、「カルデーニオ」をシェークスピアが劇化したという記録がありそれを現代に置き換えることがある。だが、グリーンブラッドさんと、チャールズ・ミーさんが英語で書いた戯曲では、「ドン・キホーテ」をうまく活用できなかったというが、それが僕の戯曲ではうまく使われていると言われ、まあ、ドン・キホーテが乗る馬、サンチョパンサが乗るロシナンテをバイクに置き換え、そしてバイク屋を舞台にしたのがよかったのだと思う。とにかく、ドラマの舞台になるのが「横浜市鶴見区のとあるバイク屋」という最初の思いつきだけがなによりの啓示だったわけである。

横浜市鶴見区のとあるバイク屋」を舞台にするというアイディアがとにかく素晴らしい。そして、「カルデーニオ」を見事に現代劇に取り込んでいる。表向きには劇中劇として取り入れ、裏では本筋のモチーフとして取り入れている。この加減が絶妙だった。観てない人にはちょっと説明できないが、劇中劇は笑えた。照明の使い方、映像の使い方なども小憎らしいほど決まっていた。
そしてバイクである。中央に鎮座するバイク。いつか、いつかは走り出すであろうバイク。このバイクに忠雄がまたがり、サンチョパンサたる坂崎を従えて、ステッペンウルフの「Born to be wild」が流れる中をシャッターの向こうへ走っていくシーンには鳥肌が立った。
6人の俳優は全員知らない人だった。中でも坂崎役の下総源太朗と真知子役の高橋礼恵が良かったね。個人的には好みではないけど、高橋礼恵はきれいな人だったなあ。スタイルも良くってね。この二人の演技は安定していた。ところが、竹内忠雄役の小田豊がダメだったなあ。セリフを何ヶ所もとちってた。富士日記2にはこう書いてある。

きょうの昼の回の最初のあたりはもう、完璧だなあと思っていたのだ。小田さんがせりふをちょっとだけまちがえ、そのあと、動揺したのか、がたがたっとなったのが残念だった。あれがなければかなりの舞台になったなあ。でも、言うほどひどいというわけではなく、全体的にはかなりよかった。

宮沢章夫の芝居は初めて観たけど、予想以上に良かったね。ただ、脚本にしても俳優の演技にしても、もうちょっと時間があれば詰められたんじゃないかな。そこが少し残念だった。でもまた観てみたいね宮沢章夫の芝居を。