春樹をめぐる冒険― A Wild Haruki Chase

というわけで、村上春樹シンポジウムに行ってきました。もう最初に書いてしまうけど、村上春樹本人が登場するというサプライズはなかった。残念。
シンポジウム開始が13時からで、受付は12:15から。渋谷で昼飯を食べてから行こうかと思ったが、朝飯を食べたのが出掛ける直前だったので、渋谷に着いても腹が減っていない。そこでそのまま東大まで行ってしまうことにした。東大の駒場キャンパスについては、このサイトで予習しておいた(このサイトなかなか良くできているよ)。それによると、構内にルヴェソンヴェール駒場というフレンチレストランがある。そこで食べようと思ったのだ。ところがなんと結婚式を行うために貸し切りになってしまっていたのだ。これは完全に意表を突かれた。仕方がないから学食へ向かうが、学食もやっていない。結局生協でサンドイッチとコーヒーを買って、ベンチで食べた。構内にはあちこちにサークルの立て看があって、なぜか沢山テントが張ってある。これは新入生歓迎のときのための場所取りなんだろうか。構内のサクラは四分咲きくらい。散歩するにはちょうどいい陽気だった。
12:20頃に受付に行くと、テレビカメラが入っていたり、関係者が大勢いたりで、結構物々しい感じだった。中に入って座ろうとすると、前から半分くらいが招待席になってしまっている。900番教室というなかなか趣のある建物なのだが、思っていたよりも広くない。座席はひな壇になっているのかと思ったが、そうでもなかった。座席の幅は非常に狭い(左右も前後も)。一度奥に座ってしまったら、通路側の人に全員出てもらわない限り外には出られない。一応招待席以外での一番前の席に座ることはできた。机の上には同時通訳用のレシーバーがあり、右手には同時通訳用のブースがあった。

前置きが長くなった。ここからは実際のシンポジウムを振り返ろう。

基調講演
リチャード・パワーズ(作家、米国)
「ハルキ・ムラカミ-世界共有-自己鏡像化-地下活用-ニューロサイエンス流-魂 シェアリング計画」
案内人:柴田 元幸(東京大学教授)
コメンテーター:梁 秉鈞(香港)

冒頭で柴田元幸カフカ賞のことに触れて、そこで拍手があった。リチャード・パワーズの基調講演は難しすぎた。なんで、ニューロ・サイエンス(脳神経科学)が出てくるんだろう。リチャード・パワーズはあらかじめ作成した原稿を読み上げている。同時通訳も同時通訳するのではなく、おそらくはあらかじめ翻訳したものを読み上げているだけだ。それなら同時通訳するのではなく、英和対訳になった原稿を最初からみんなに配ればいいじゃないかと思ったのだが、そうしなかった理由は最後に分かった。
質疑応答の時にドイツ人の翻訳家がパワーズに対して質問した。「あなたが使った "Murakamiesque" はあなたの造語ですか? "kafkaesque" は有名だけど、"Murakamiesque" は聞いたことがない。」これに対して、パワーズは、"Murakamiesque" という言葉は何かで見たと答えていた。そしてひょっとして早いうちに特許を取った方がいいかな、なんて冗談も言っていた。ちなみに "Murakamiesque" をGoogleで検索すると75件のヒットがあった。これから村上春樹が世界的に有名になるにつれて、"Murakamiesque" という言葉ももっと使われるようになるかもしれない。

パネル・ディスカッション
翻訳者が語る、村上春樹の魅力とそれぞれの読まれ方
案内人:藤井 省三(東京大学教授)
パネリスト:Corinne Atlan(フランス)、金 春美(韓国)、Dmitry Kovalenin(ロシア)、頼 明珠(台湾)、Jay Rubin(米国)

とりあえず最初に一人5分くらいずつ話してくださいと案内人が言うのだが、最初の人から既に時間をオーバーし、放っておけば最後まで一人でしゃべってしまいそうな勢いである。その後もみんなの話が長くなりがちなので、案内人はかなり苦労していた。印象に残った発言をいくつか拾ってみる。
金 春美:翻訳するときには原文のリズムを大切にしたいので、まず原文を音読した物を録音して、それを聴きながら翻訳している。
頼 明珠:カタカナ語を中国語に翻訳するのは難しい。特に人名がカタカナの場合(多いね。村上春樹は)、勝手に漢字を当てるわけにもいかない。
Corinne Atlan:フランス語の一人称代名詞は一種類しかないので、「僕」「私」「俺」を訳し分けることができずに悩んだ。
Dmitry Kovalenin:『世界の終りとハードボイルドワンダーランド』の「やみくろ」をどう訳すか悩んだ。村上春樹本人に会ったときに「"ワンダーランド" というのはルイス・キャロルの "Alice in Wonderland" に通ずるものがあると思うので、アリスに出てくるキャラクターをもじった名前にするのはどうでしょう?」と訊いたら、「いいんじゃないの。トライしてみて」と言われた。そこで、「闇」とか「黒」に関係のない名前に翻訳することにした。
Jay Rubin:私の場合は、カタカナ語を翻訳するのが一番楽だった(笑)。翻訳自体は比較的スラスラできるのだが、原文の持つ「独特のバタ臭さ」が再現できずに苦労した。

ここで休憩20分。人や機材が多いからか、教室内は結構暑いので、ちょっと遠いけど生協まで行って飲み物を買ってきた。

翻訳本の表紙カバーに観る村上春樹/日本イメージ比較
案内人:沼野 充義(東京大学教授)

壇上にはパネルディスカッションの時の翻訳家を含めさらに多くの各国の翻訳家たちが座っている。そしてスクリーンが用意され、案内人が翻訳本の表紙カバーを一枚一枚スライドしていき、その本を翻訳した人たちに一言ずつコメントをもらった。これがまた、一人一人の話が長くなっちゃったり、関係ない話を始めちゃったりで大変だった。表紙は、あからさまに日本的なものもあれば、良く意味の分からない抽象的なものもあった。まあ、日本のものが一番いいね。

映像世界にみる村上春樹
案内人:四方田 犬彦(明治学院大学教授)

村上春樹は自身の作品を映画化させないことで有名だが、今までに何本か映画化されている。

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これらの作品をちょっとずつ上映して、四方田犬彦が解説を付けていく。当時はどうだったのか知らないが、古いものはイタイねえ。とくに「100%の女の子」がイタイ。見ていていたたまれなくなる。「トニー滝谷」はそれらに比べれば増しなようだが、どうも違う。この他、「恋する惑星」の村上作品との関わりなどに言及していた。18時終了予定だったが、15分ほどオーバーして閉会となった。

最後に柴田元幸が出て来て、リチャード・パワーズの基調講演のロング・バージョンが4月発売の「新潮」に掲載されると発言した。そしてその翻訳は柴田元幸自身が担当する。売り物にするからみんなには配らなかったんだな。このシンポジウムの模様も「文学界」で取り上げられるようだ。

【追記】
国際交流基金」さんからTBが打たれていたので辿ってみた。なんでも「近日、ニュース23で観客へのインタヴューなどが放映される予定です。また、NHKBSではシンポジウムの内容が一つの番組になる」らしい。それでテレビカメラが入っていたんだな。