トウキョウソナタ ★★★★☆ チネチッタ

健康機器メーカー、総務課長として働く佐々木竜平は、人事部に呼び出され、リストラを宣告される。突然の出来事に、呆然としたまま帰宅するが妻、恵にリストラされたことを言い出せなかった。夕食時、小学校6年生で次男の健二はピアノを習いたいと言い出すが、竜平は反対。翌日から、会社に行くフリをして、毎日ハローワークへ通っていた。ある日、大学生の長男・貴が、世界平和のためにアメリカの軍隊に入りたいと言い出す・・。


監督:黒沢清
脚本:マックス・マニックス黒沢清田中幸子
出演:香川照之小泉今日子小柳友井之脇海井川遥津田寛治児嶋一哉役所広司

朝日の朝刊に「ええ、意味はありません」という香川照之のエッセイが載った。それは香川と黒沢清との出会いから今に至るまでの話だった。11年前、俳優がある演技をするときの「意味」を重要視していた香川に対して、黒沢は「かくかくしかじかの演技をして下さい。意味は全然ありません」というような演出をしたという。その『蛇の道』という作品以来、香川は事前に計算した「意味」を演技の中に求めることを辞めた。そのことが香川が黒沢からもらった宝だという。
それから11年後、『トウキョウソナタ』で久し振りに黒沢の演出を受けることになった香川は黒沢に恩返しをしようとする。

果たして、私は黒沢清に恩返しができたのだろうか。
11年を経ても、男の「ええ、意味はありません」は健在だった。それを聞いて、私の心は嬉しさのあまり千里の丘を駈け抜けた。今作で家族の父親を演じた私がラストシーンで溢れさせるある感情は、黒沢清という男がこれまで作品の中で貫いてきた映画人としての姿勢に私が心から捧げたオマージュである。あるいはこの男と出会い、再会し、今の私がある11年という歳月に対する全霊の感謝である。一人でも多くの人に、それを見届けて頂ければ幸いである。

くだんのシーンは取り立てて大袈裟なものではなかった。この文章を読んでから観なければ特に気にしなかったかもしれない。しかし、これを読んでから観ると、その感情が並大抵のものではないことに気付かされる。抑えの効いた非常にいい演技だった。


物語は一見リアルに見えて、実はかなりズレている(なぜ番号札を持っているのにハローワークの階段にあんなに並んでいるのか?)。「東京」ではなくて「トウキョウ」というところにそれは暗示されているのかもしれない。あるいはこうして日常に潜むホラーを表現しているのかもしれない。
崩壊しかけた家族が最後に一条の光を見いだす、と書くとあまりにもありきたりに聞こえるが、できあがった映画は決してありきたりではない。2008年カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で審査員賞を受賞したことからも分かるとおり、世界でも通用する普遍的な物語になっていると思う。


香川照之はもちろん良かったが、次男役の井之脇海がとりわけ素晴らしかった。アンジャッシュ児嶋一哉がなかなか良かったのにも驚かされた。