範宙遊泳 『その夜と友達』@STスポット

ちょうどボブディランがノーベル文学賞を受賞する頃、とある住宅街を目的もなく散歩していた時、どこかの家の換気扇の排気口から漂う晩御飯の匂いに触発されてこの演劇を着想した。それは嗅覚を次の四ツ辻まで奪い去るような筑前煮の甘辛い匂いだった。べつにポトフの匂いだったとしてもおそらくこの演劇をつくることになったと思う。でもきっと筑前煮でなければ「その夜と友達」というタイトルの演劇にはならなかった。この演劇には2人の男と1人の女が登場する。2人の男と1人の女といえばその常套手段として三角関係を描くのか、と思いきや今作はそれを本意とするものではなく友情の話である。友情といえど残念ながらいわゆる「青春」にはならない。青春だと感じる余裕もなく、ただそこでのそのそと生活する人々のちょっと風変わりな話だ。これは壁(排気口)の向こうの時間と匂いについての物語である。
山本卓卓


作・演出:山本卓卓
出演:大橋一輝(範宙遊泳) 武谷公雄 名児耶ゆり


2017年8月3日(木)〜13日(日)
STスポット

始まってすぐに「この芝居は当たりだ」と確信した。たくさん芝居を観ていると、時々こういう僥倖のような芝居がある。チケットを取った自分を褒めてやりたい。『ブリッジ』でこのひと上手いなあと思った武谷公雄がやはり上手い。そして、他の2人も実に魅力的。登場人物2人のLINEのやり取りを壁に投影するのはありがちだが、それに人物の影を合わせるところはなかなかお洒落な演出だ。STスポットという狭い空間での芝居は実に濃密で、役者3人と限られた数の観客だけが共有する時間をありありと感じることができた。これは早稲田小劇場どらま館での『離陸』でも感じたもので、そういえば『離陸』も男2人女1人の3人芝居だった。パイプ椅子での2時間はなかなか辛かったが、十分にその価値はあったね。