鼓笛隊の襲来(三崎亜記)★★★★☆ 3/28読了

なんか、一皮剥けたというか肩の力が抜けていて今回の短篇集はいいね。三崎亜記の良さは、デビュー作の『となり町戦争』で表現されていた「奇抜な設定」と「静謐さ」にあると思う。ところが、短篇集『バスジャック』や長編『失われた町』では、「奇抜な設定」と「静謐さ」ではなく「奇抜な設定」と「あざとさ」が目についてしまった。「あざとさ」を端的に表しているのがSFチックな造語だ。これが多用されればされるほど、私は物語に入り込めなくなっていた。
今回の短篇集では、SFチックな造語は減った。誰が読んでも分かりやすく、それでいて深みを増した文章になっている。得意の「奇抜な設定」も冴えている。表題作でもある「鼓笛隊の襲来」では、あたかも台風のように鼓笛隊が襲来するし、覆面を被って出社する社員や背中にボタンのある女性が登場したりする。このような奇抜な設定におけるモチーフ(鼓笛隊や覆面やボタンなど)のチョイスもよく練られている。これらのモチーフは、何かの隠喩になっていそうで、でも考えてみるとやっぱりよく分からないという線が望ましい。例えば、村上春樹の「納屋を焼く」の「納屋」であったり、「象の消滅」の「象」であったりがその最たるものだろう。本作はその辺の塩梅が絶妙なので、読後にストンと腑に落ちず、いい意味での物語的な曖昧さを保ちつづけることが出来る。
これは余談だが、どうしても作品の背後に村上春樹作品の影が見え隠れする。村上春樹ファンを試しているのか? という気さえする。「象さんすべり台のある街」はもろに「象の消滅」だし、「彼女の痕跡展」は「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」の裏返しのような作品だ。「突起型選択装置」のラストは「蛍」を彷彿とさせるし、「「欠陥」住宅」は「どこであれそれが見つかりそうな場所で」を想起させる。まあ、あまり気にしないほうがいいんだろうけどね。
「遠距離・恋愛」と「同じ夜空を見上げて」は、かなりセンチメンタルな作品だ。私にはちょっと甘すぎるが、こういう作品が好みの人もいるだろう。バラエティを考えれば、こういう作品が入っているのも悪くない。
今回の短篇集で三崎亜記は自身の持つ良さを取り戻した気がする。今度はそれを長編で活かせるかどうかに期待したい。

鼓笛隊の襲来
鼓笛隊の襲来三崎亜記

光文社 2008-03-20
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