ナイフ投げ師(スティーヴン・ミルハウザー、柴田元幸訳)★★★★☆  3/2読了

「ナイフ投げ師」...ナイフ投げ師ヘンシュが町に公演にやってきた。その技は見事なものだったが、血の「しるし」を頂くための、より危険な雰囲気が観客に重くのしかかる。
「夜の姉妹団」...深夜、 少女たちが人目のつかない場所で、性的狂乱に満ちた集会を開いているという。その秘密結社を追いかけた、医師の驚くべき告白とは?
「新自動人形劇場」...自動人形の魔力に取り憑かれた、名匠ハインリッヒの物語。その神業ともいうべき、驚異の人形の数々を紹介する。
「協会の夢」...「協会」に買収された百貨店が新装開店する。店に施された素晴らしき趣向の魅力は尽きることなく、私たちを誘惑する。
「パラダイス・パーク」...1912年に開園した伝説の遊園地を回顧する。遊園地は度肝を抜くような、過剰な施設や出し物によって大いに人気を博すが、そこには意外な結末が待っていた。
ミルハウザーを好きになることは、吸血鬼に噛まれることに似ている」と訳者が「あとがき」で述べるように、本書は<ミルハウザーの世界>を堪能できる、魔法のような12の短篇集だ。

出先で手持ちの本が読み終わりそうになってしまい、半ば衝動的に買った本。スティーヴン・ミルハウザーは初めてだったが、柴田元幸が何冊か訳しているのを知っているし、きっと外れないだろうと思った。それから、装丁が非常にお洒落なのも購入に至った理由だ。カバーの表面がザラッとしていて、中もちょっと藁半紙のような紙が使われている。そして、各短篇のタイトル部分のページは黒の塗りつぶしになっていて、タイトルが英語で白抜きになっている。読んでいて気付いたけど、短篇の最初が黒ページになっていると、本を横から見たときに、今読んでいる短篇があとどのくらいで終りなのかがよく分かるんだよな(まあ、分からないほうがいいという意見もあるかもしれないけど)。
初めて読んだけど、変わった話を書く人だね。「私たちの町の地下室の下」のように嘘話をいかにもそれらしく語るところはポール・オースターの『ミスター・ヴァーティゴ』にも似ている。でもそういう話だけでもないんだよな。「ナイフ投げ師」や「夜の姉妹団」なんかは読んでいて、どこに連れていかれるのか分からない怖さがあるし、「空飛ぶ絨毯」や「月の光」のようなファンタジー系の話もある。でもやっぱり「新自動人形劇場」「協会の夢」「パラダイス・パーク」で用いられている描写の細かさが一番の持ち味なんだろう。これらの微に入り細を穿つ描写は読んでいて圧倒される思いだ(時にくどすぎる嫌いもあるけど)。そして、そのような描写の果てに独特の悲哀に満ちたラストが待っている。

柴田元幸は訳者あとがきの最後にこう書いている。

『イン・ザ・ペニー・アーケード』も素晴らしかったし、『バーナム博物館』も見事なものだった。だが、先に述べたように、ミルハウザー的濃さからすると、この第三短篇集の濃度はただごとではない。といってもそれは、門外漢を疎外するような、中途半端に純度の低い濃さではない。初めてミルハウザーをお読みになる方も、いきなりこの本から、ミルハウザーの魔法に心おきなく感染していただければと思う。

心おきなく感染しました。確かにミルハウザーは癖になるね。

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