青年団第55回公演 火宅か修羅か こまばアゴラ劇場

1995年第39回岸田國士戯曲賞を受賞した平田オリザが、同年5月に富山県利賀村こまばアゴラ劇場で初演した受賞第一作。
檀一雄の『火宅の人』に着想を得て書かれた家族のものがたりが、いま新たなキャスティングにより12年振りの再演。


■木村家の関係者
木村慎也 (父) 志賀廣太郎
木村登喜子 (新妻) 山村崇子
木村由美 (長女) 能島瑞穂
木村好恵 (次女) 堀夏子
木村ルリ (三女) 荻野友里
■編集者
坂口邦夫   古舘寛治
■高校時代の同級生たち
小林太郎   古屋隆太
中島秀彦   大竹直
平山邦子   鈴木智香子
斉藤美奈絵  井上三奈子
湯浅佐知子  しんそげ
■旅館の人々
夏木弥生 (長女) 高橋縁
夏木郁代 (次女) 兵藤公美
石田直樹 (従業員) 島田曜蔵
■旅館の客
神林信宏   山本雅幸
奥野百合江  村田牧子


作・演出  平田オリザ

舞台は老舗旅館のロビー。重厚な梁があって、歴史を感じさせる。それにしても、よくこんな狭い舞台にこれだけのセットを組めるよなあと感心する(資材の搬入とかどうしてるんだろう)。舞台の上手側が一団高くなっており、ここにテーブルを囲むように椅子が6脚。下手側にはローテーブルを挟んでソファが向かい合わせに置かれている。
例によって、客入れの時から舞台上には役者がおり、さりげなく芝居は始まっている。この旅館のロビーを舞台に様々な人間模様が交錯する。妻を亡くしてから家を出てこの旅館に住み着いている作家とその作家を訪ねてきた3人の娘たち。メンバーの一人を13年前に事故で亡くしている高校のボート部のOB会のメンバーたち。何か複雑な事情を抱えているような男女の客。旅館の従業員たち。そして、作家の原稿を待っている編集者に、作家の再婚の相手の女性も登場する。
下手側のソファに作家の家族がいる時は、上手側の椅子にボート部のメンバーがいる。それぞれが同時にそれぞれの話をしており、お互いの話は独立している。しかし、その境目が段々曖昧になって行き、最後にはソファに座った木村家の三女であるルリと、椅子に座ったボート部OBの小林太郎が舞台の端と端で会話を交わすことになる。ルリも母親を自動車事故で亡くしており、小林も亡くなったメンバーと同じボートに乗っていたのだ(一緒に転覆事故にあい、小林だけ助かった)。このシーンはなかなか良かった。
そして、もう少しで終りかなと思い始めた時にそれは起こった。「上演時間は1時間半って言ってたのに」というつぶやきが右手から聞こえたかと思うと、ある男性が帰ろうとし始めたのだ。人の邪魔にならないように帰れるんならいいんだが、ここではそうはいかない。後ろから出られないから、まず前に出るしかない。一番前の席と舞台の間を通って(私からすれば前方を右から左に横切られる)、中央の通路から外に出るのだが、この中央の通路にまで席をビッチリ作ってしまっているので、ここを通るにしてもそこの座っている人たちがかなりどかないと通れない。ガチャガチャ音を立てながらその男性は退場した。こっちは完全に集中を殺がれてしまったよ。その男性が気になって舞台から目が離れてしまったし、俳優が何を喋っていたかも分からなくなってしまった。しかもその2、3分後には舞台は終わったのだ。まったく勘弁して欲しかったね。俳優もやりにくかっただろうな。
最後の最後に不愉快なことがあったが、芝居自体はかなり良かった。個人的には、小林太郎役の古屋隆太が良かったね。離れたところにぽつんと座って、他人の話を聞いている時の表情が良かった。上演の栞に「この芝居の上演が、観客の皆さんにとって、人間の心の微細なひだのありようを、年末年始の忙しさの中で、ふと見つめる時間になればと思います」と平田オリザは書いている。確かに、細かいところをうまく表現していた芝居だった。この芝居は観終わってすぐに腑に落ちるような芝居ではなくて、腑に落ちるまでに少し時間がかかる芝居なんだと思う。