江戸っ子だってねえ―浪曲師広沢虎造一代(吉川 潮)★★★★★ 3/2読了

その昔、ってほど昔じゃないけど、私の父親はヤクルトの広沢が打席に立つたびに「いよっ虎造、しっかりしろよ」と声を掛けていた。私の父親(昭和12年生まれ)よりも上の世代の人たちにとっては、「山」と言えば「川」のごとく「広沢」と言えば「虎造」だったのだろう。そんな広沢虎造の一代記である。

広沢虎造の名前こそ知っていたが、浪曲には全く興味のなかった私がなぜこの本を読むに至ったのか。それは文庫版の解説を町田康が書いていたからである。『正直じゃいけん』に収録されていたその解説を読んで、すぐにこの本が読みたくなった。

例えば浪花節というものがどういう芸なのか、なんてことについては、まだ素人で浪曲好きの少年である虎造と、その兄貴分であるところの白井善次郎との会話・掛合を楽しんで読むうちに自然に頭に入ってくるし、現代を生きる者にとってよくわからない当時の時代・風俗についても銀ブラをする虎造、円タクに乗る虎造、地下鉄に乗る虎造、国民酒場に入る虎造を読むことによって読者もまた当時の時代・風俗にごく自然に没入しうるのである。
そしてなんとか次郎長伝を完成させたい虎造が、講釈師・神田ろ山と出逢うくだりは実に小説的であり、また、噺家・司馬龍生と三人でアイデアを出し合い、見るもの聞くものすべてを芸に結びつけ、それが、次郎長伝、とりわけ『石松三十石船』に結実、「馬鹿は死ななきゃなおらない」という節が誕生するさまは真に迫り、また感動的である。
読者は、本書を読むと虎造節が聴きたくなり、虎造節を聴くと、また本書を読み返したくなるだろう。

本書の良さがこの解説に十二分に表れているが、虎造の破天荒ぶりもこの本の読みどころだ。「女遊びも芸のうち」なんてことを言うが、虎造には二号さん、三号さんがいて、本妻との間に子どもが6人、二号さんに4人、三号さんに3人、都合13人の子どもがいたって云うんだからすごい。他にも様々なエピソードが紹介されており、まるで見てきたかのように活写されている。

読んでいると虎造節が聴きたくなるのは理の当然で、すぐにCDも購入した。『石松三十石船』は実に面白かった。虎造の節とタンカは本当に素晴らしく、何遍聴いても飽きが来ない。ラジオで虎造の浪曲が放送されるとパチンコ屋が空になったというのも頷ける(ちなみに「君の名は」が放送されると銭湯の女湯が空になったらしい)。

この本の面白さと虎造節の良さを誰かと共有したいのだが、私の周りには浪曲を聴いている人なんていない。そこで実家の父親に電話して、当時の虎造のことを訊いてみた。すると、やはり虎造はすごい人気だったらしい。ただ、父親の家は貧乏でラジオがなく、ラジオで聴いた覚えはなかったようだ。色々話してくれたなかで、一つ面白いことを教えてくれた。父親の父親(つまり私のおじいさん)は浅草で下駄屋をやっていたのだが、虎造はそのおじいさんのお店の下駄を履いていたらしい。本当か嘘かは定かではないが、もし本当だったらこんなに嬉しいことはないね。

話が逸れてしまったが、とにかくこの本は面白かった。ただ、残念なことに品切れになっている。図書館でもいいし、古本でもいいので、是非読んでみてほしい。そして虎造節も是非聴いてみてほしい。

bk1でもAmazonでも品切れだが、Amazonマーケットプレイスには出品があるようだ。

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