将棋を見せるということ

ウェブ進化論』の梅田望夫氏(id:umedamochio)が少し前のエントリで『永久保存版 羽生VS佐藤全局集』を取り上げていた。私も先日リアル書店でで軽く立ち読みし、その中身の濃さに驚いた。多少値段は張るが、10年前なら即座に買っていただろう。ところが悲しいかな、今は棋譜を並べている時間がない。やっぱり頭で棋譜を追うだけではなく、実際に並べて、自分で考えないと棋譜を味わった気がしない(頭の中の盤に並べる能力が劣っているだけという意見もあるが・・)。梅田氏はこのエントリの中でこんなことを書いていた。

僕は趣味を聞かれると、意識してその一つとして「将棋鑑賞」(「将棋」ではなく)と書く。子供の頃は道場に通ったりして将棋を指すのが大好きだったが、あるときから、棋譜を並べて鑑賞することのほうが好きになったからだ。先日、羽生さんに頼まれて将棋連盟で講演したときに、米長さんから講演のテーマ(「将棋の魅力の伝播、将棋の普及のためにネットにどう積極的に関わっていくか」)以外で「何か一つだけと言われたら将棋界にどんなアドバイスをいただけますか」と質問されて僕が言ったのは、いまはほとんど存在していない「将棋を鑑賞する」という概念が新たに必要なんじゃないかということだった。たしかに将棋には勝ち負けがある。ある程度強くならないと将棋の面白さはわからない。だから「強さ」がすべての基準になる。でもいまの「将棋の普及」って「将棋を指すこと」「将棋が強くなること」に傾斜しすぎていて、「将棋を見てどう楽しむか」という視点が欠けているのではないか、と思うのである。どんなスポーツでも競技人口以上に大きな観戦人口というものがあって、それがそのスポーツの成立を下支えしている。そこを意識的に耕していかなければならないと強く思うのだ。そのことを短い時間で申し上げた。

概ね同意だが100%ではない。なぜなら、将棋はスポーツではないからだ。足が速いとか速い球を投げられるとかは誰でもその凄さは見れば分かる。ところが将棋の場合、どんなに素晴らしい手を指しても、その手が素晴らしいのかどうかを万人が理解できるわけではない。その手が素晴らしいと分かるためにはある程度の棋力が必要になる。もちろん解説者が解説すれば分かるだろうが、超初心者の場合、解説者が何を言っているのかも分からないだろう。だから、単純に見せるだけではファンの増加にはつながらない。

じつは、僕の親友でさまざまな芸能の興行に携わっているプロ中のプロがいるのだが、彼は将棋タイトル戦のDVDが存在しないことに、大きな機会損失ではないかと驚いていた。僕も考えたことがなかったが、たしかに羽生VS佐藤のタイトル戦のDVDがあれば必ず買い揃えるだろう。DVDという素材の中に、その将棋の魅力をふんだんに盛り込む工夫は絶対にできるはずであり、それが「将棋鑑賞」というジャンルを耕すことになるだろうと思う。

これも微妙なところで、テレビ番組のように背景のストーリーや近辺の人たちへのインタビュー等々を盛り込んで初めて商品化が可能なような気がする。純粋にその対局の様子と解説のみのDVDなのであれば、買うのは一部のコアのファンだけだろう。また、仮にそのテレビ番組のようなDVDを作ったとしても、よほど工夫しなければすぐにマンネリ化してしまうだろう。

将棋を「見せる」ことでファンを増やすということはかくも難しい。1つ方策があるとすれば、「将棋」そのものではなくて指している棋士に注目させることだろう。将棋はよく分からないけど、羽生という人間には興味があるという人は多いだろう。そこから将棋に興味を持ってもらうしかない。その点で言えば、将棋連盟は佐藤や渡辺を、あるいは糸谷をもっと露出させるべきだろう。

そんな折り、女流棋士会日本将棋連盟から独立しようとしている動きは興味深い。実力では男性棋士には及ばないが、「見せる(魅せる)」という点では男性棋士たちよりも遙かに上を行っているだろう。今後、日本将棋連盟から独立した女流棋士会が「見せる(魅せる)」という観点でどんな手を打ってくるか非常に楽しみだ。

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